中山間地域PJで船木成記さんの講義をお聞きしました 2017年9月19日

〇 中山間地の住民力、地域力による社会的事業化支援研究会

 9月19日(火)県庁で「第1回中山間地域の住民力、地域力による社会的事業支援研究会」が行われました。主管は地域振興課、本庁からは農業政策課、農業振興課、文化財生涯学習課、交通政策課、現場機関からは木曽地域振興局と長野地域振興局が参加、組織横断的な取組みです。また組織外からもJAくらしのセンター、県市長会、町村会、信州大学地域総合戦略推進本部の新雄太研究員にも参加いただいています。

 

 以下船木さんによる事業の取組みに向けた視点をテーマとした講義の概要をご紹介します。

 講義の演題は「中山間地域を我々は、どうとらえるべきか?~まずは、ネガティブ思考からの脱却を~そのヒントとしての、自然資本と学びの県、およびESG的な経営視点」です。

 

〇 人の暮らしから仕事の組み立てを考える

 県のような組織では、各部局ごとに縦割りの役割分担の中で、部分最適の仕事を進めることが基本です。これは右肩上がりの時代には通用しましたが、今日のように人口減少、財政縮小の時代では通用しません。

 また県の組織では往々にして相手が組織として掲載された名簿順位や肩書で人を判断する傾向があります。

 これからの仕事の組み立て方を考えるとき、縦割りの仕事から脱却し、人の暮らしを出発点に暮らしを豊かにするために県が何をすればよいのか、という人の暮らしをトータルにとらえていく視点が必要です。

 そして相手を肩書ではなく、フラットな立場でとらえることが必要です。

 

〇 イシューから政策を組み立てる

 これまで47の都道府県すべてを訪問する機会がありましたが、それぞれの地域の中山間地域には、豊かに暮らす人々がたくさんいることを実感しています。そこには経済的な側面では測ることのできない豊かさがあります。

 当初このプロジェクトは準備の段階で、課題解決を事業(ビジネス)的枠組みで取り組んでいこうと話し合われていましたが、そうではなく中山間地の日常の暮らしの実際をトータルにとらえて、その中から必要な政策を作っていくという考え方が大事です。つまりイシュー(課題)から出発するということです。

 

〇 日本全体を都市化しようとする流れに対抗する

 地域振興に向けた政策的なセクションとなることをねらい、本年度から地方事務所が地域振興局と名称が変わりました。この時に大事なのは上から下へ政策を下していくという視点からの脱却です。

 コンパクトシティという言葉があります。これは全国各地区に暮らしや産業などの機能が集約された都市を作り、そこに人々が集住していく姿をねらった政策です。しかしこのような形で日本全国を都市化しようとするトレンドは、リアリティのないバーチャルな考え方であり、お金という尺度で考えた都市像です。

 こういう霞が関グローバルスタンダードの中で長野県が埋没していってよいのでしょうか。

 県内の様々な中山間地域で頑張っている人々に焦点を当てて、そこかに長野県の輪郭を描き、時代を変えていくというスタンスで政策を考えていくことが必要です。

 長野県は平成の大合併を経てもなお77の市町村が残っています。地域振興局にはこの状況を大事にしていただきたい。

 私個人としては、振興局あるいはそれよりも小さなエリアでの中域連携による振興政策ができるとよいのではないかととらえています。

 

〇 長野県の特徴は学び

 飯田との縁がきっかけとなり、6年ほど前から長野県の現場を訪れる機会がありますが、長野県の各地域には学びが息づいていると実感しています。

それはコミュニティの中で自分たちの課題を、話し合いを通して向き合っている姿です。長野県は公民館の設置数が全国でも抜きんでており、地域住民が主役として公民館の運営に関わる地域が今もたくさん残っていますが、それが一つの象徴です。

そのことに県職員の皆さんは気づいているでしょうか。そういう地域の人々の営みに身を置いて政策を作っていこうとする姿勢が必要です。

 

〇 長野の人たちの哲学は何か

 最近田園回帰で知られる島根県と同様、長野県も少子高齢人口減少が深化している地域を多く抱えています。それを遅れた地域ととらえて、ほかの地域の成功例をコピーして対処しようとするのではなく、この地域の秀でたことを発見し伸ばすという視点が必要です。

 例えば長野県には3つのアルプスに象徴されるように、山や谷に囲まれてかつ急傾斜地が多く、暮らしを送るには厳しい自然条件を克服する努力が必要でした。また私が長野に来て感じることは、野菜など食べ物がおいしいことです。旬な時に旬なものがおいしく味わうことができます。

 そういう長野に暮らす人たちが共通して語ることができる物語や哲学を持つことができることが政策づくりの根底に必要です。

 

〇 現在の社会の問題は、ほとんどが関係問題

 東京のスタバを例にします。一人ひとりの座席の間隔は本当に狭いけれども、そこでコーヒーを飲む人たちは、それぞれにスマホやPCを扱いながら、隣の人と隣り合いながらコミュニケーションを遮断しています。関係を断ち切ることで生活が成立しているということが、都市の問題です。

 関係とは人と人との関係にとどまらず、ものと人との関係や、これまでと今との関係など、さまざまなつながりの問題です。効率化社会、損得社会により、失ってしまった関係を、もう一度取り戻すことが必要です。

 

〇 人件費も事業費としてとらえる

 行政は人件費と事業費を別にとらえる傾向があります。しかしこれからの時代は、むしろ人件費こそ事業費としてとらえていくことが必要です。財政縮減のためにこれまで直営していた仕事を委託や指定管理によって対応するという発想ではなく、事業担当者が地域社会の現場において人やモノとの関わりの中プロセスの中から、「何が起きてきたか」「お金で買えないものを」「一つの物語として」「何を生み出しているのか」など、職員自身も体験して腑に落ちたことを形にしていくという姿勢が必要です。

 

〇 中山間地に暮らす人が当たり前の大事さに気付いていく

 農政の取組みとして、「農ある暮らし」の維持再生に取り組んでいますが、これはなりわいとしての農業というよりも、人々の暮らしの中にある農というとらえです。作物は人の思惑通りには育ちません、作物の生育は、様々な自然条件と人との付き合いの結果です。「あーしても、時に、こうならない。ことがある」。大事なのは「命との対話」です。

 森の幼稚園や山ほいくが求められ始めているのも、そういう自然とのつながりの中で、子どもたちに不思議なものに目をみはる感性すなわち「センスオブワンダー」を育んでいきたいという願いによるものです。

 中山間地には、命との対話が、当たり前のように日常の中に根付いています。中山間地に暮らす人たちには、それが当たり前すぎて気づいていない。そのことを気付いていくプロセスが、長野県らしさの元となるインナーブランディングと結び付いていくのではないでしょうか。

 

〇 可処分所得が全国8位

 2016年、長野県の一人あたりの収入ランキングは全国21位、これに対して可処分所得は全国8位です。これは経済資本だけでない暮らしが営まれていることの証ではないかととらえています。

 

〇 ESGという視点

 企業経営の評価が、これまでの財務的視点に加えてE(environment:環境)、S(social:社会的公正)、G(governance:統治(自治))の視点が求められる時代です。このことはむしろ自治体にこそより必要な視点です。

 

〇 6つの資本という視点

 資本のとらえ方についても、企業ではこれまでの財務資本に加えて、知的資本(組織や組織の構成員の持っている知恵)、社会関係資本(組織が存立する周りの人や地域との良好な関係)、人的資本(組織で働く人たちの力)、製造資本(組織の所有する土地建物や動産)、自然資本(一方的に自然から恩恵を受けるだけでなく、恵みを返していける循環の視点を持った資源)という6つの資本のトータルで企業の評価がなされる時代になっています。

 これは自治体においても同様です。目の前の利益だけを追求して、他の資本をないがしろにすることで立ち行かなくなった組織の例はたくさんあります。たとえば財政縮減の手段として採用を手控えた期間が長くなると、その間の組織が蓄積してきた知恵が受け継がれていかなくなります。つまり人的資本と知的資本の問題です。これら資本を次の代に受け渡していくときに必要なのは学びです。

 県庁の組織自体にも「学び」が必要です。

 

〇 中山間地域の最大のポイントは自然資本との関係

 地域経営においても6つの視点でとらえていくことがこれからは必要になります。特にこの中では自然資本との関係性が一番重要になるのではないかととらえています。農村の多面的評価にこの視点を組み込むことが必要で、それがこれからの中山間地の振興を考えるうえで何よりもポイントになります。

 

〇 日本社会をリードする生き方。暮らし方があふれている中山間地、長野県

 他県と比べて、これだけの高さを持っているのは長野県だけです。

 高さがあるということによる気温差を活かしたり、

 高さがあることによる生活困難さを、自然との対話やいっしょに暮らす人々との学びにより、遜色なく克服して来たり、その過程で得るもの、失わなかったものが大きいととらえています。

 それはたとえば勤勉性(足るを知る)、健康(当たり前の毎日を当たり前に過ごす)、自然資本から惠をじかにいただく力、社会関係資本(つながり)です。

 

〇 クリエイティブ・フロンティアとして

 長野県は人の手によるクリエイティブ(創造的)な暮らしが営まれています。一方都市部における、何でもお金で買える、グローバルで、効率的な暮らしとこれからどちらに可能性があるでしょうか。

 クリエイティブな暮らしそのものは、イノベイティブ(革新的)ではないかもしれませんが、今の時代に対しては、イノベイティブととらえてよいと考えています。

 その意味において中山間地は、クリエイティブ=「創造的な生き方」なフロンティア=「未開の地ではなく、我々が生きていくうえでの希望の地」であるととらえることができます。

 

〇 創造型の社会づくりを

 こういう地域や社会を創るために、その地域に暮らす人自らが気付いて創り上げていく力の総体が社会づくりです。そしてそれを創造型の社会づくりととらえています。

 

〇 長野県はどんな県でありたいか~そのためのインナーブランディング

 長野県はどんな県でありたいのか、そのビジョンを県職員が県内多くの人たちと共有し、そういう県づくりに向かい協働していくための元となる、輪郭を創っていくことがすなわちインナーブランディングです。