自治の質量、飯田調査を行いました 2017年11月28日、29日

 11月28日(火)、29日(水)、九州大学八木信一先生と、東京大学荻野亮吾先生による本年度第1回目の自治の質量調査を、飯田市上村・南信濃地区で実施し、参加しました。

〇 自治の質量調査について

 ▽ 調査のねらい

 

 「自治の質量」は住民自治と団体自治のバランスを指し、八木先生が定義した言葉です。

 住民自治の取組が機能していると、地域の課題解決をまず自治の力で解決します。そして自治の力だけでは解決できない問題が焦点化したところで、行政はその課題解決を補完する政策を立案し執行します。このことにより効率的で焦点的な財政執行が実現することで、健全な自治体財政が実現する、という仮説の下、飯田市を拠点に調査を進めています。

 このことは長野県の中山間地活性化検討チームが検討している中山間地活性支援にかかわる政策枠組みを考えるうえでも共有できる視点であり、本年度調査には活性化チームも参加することになりました。

 昨年度は丸山地区(まち)、山本地区(里)、上久堅地区(山)の3地区を調査しましたが、本年度の調査地は上村地区と千代地区です。加えて飯田市が20地区ごとに取組みを始めている「田舎へ還ろう」戦略についての聞き取りも進めることになりました。

 

 ▽ 遠山郷について

 

 上村・南信濃地区を総称して遠山郷といいますが、この地区は平成18年に飯田市と合併した地域です。人口は両地区で2000人ほどですが、面積は飯田市の総面積の約半分を占め、このうち山林面積が98%と山間の地域です。両地区には「霜月まつり」という国の重要無形文化財にも指定されたお祭りがあります。毎年12月の上中旬に行われるこのお祭りは、平安時代後半から鎌倉時代にかけて始まったと言い伝えられる伝統行事で、神様がお湯を浴びて元気になるという、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」のモチーフにもなりました。

 

 ▽ 上村下栗地区について

 

 遠山郷は地理的にも飯田市の中心から離れて、車で片道1時間近くかかることから、上村下栗にある民宿みやしたに宿泊させていただき、泊まりがけでの調査となりました。

 民宿みやしたには、宮崎駿監督が3度泊まりに来られているそうで、宮下を経営されている野牧さんご夫婦を主人公にした「ちゅうずもう」という絵本がつくられ、短編アニメにもなっているそうです。私たちが泊めていただいた部屋からは、南アルプス赤石岳や兎岳などが眼前で眺めることができました。

 下栗地区は昭和40年代中ごろまでは、車が通る道はなく、大きな荷物は馬や架線(いうなれば荷物用の小型ロープウェイ)を使っていたそうです。

 現在は廃校となっている上村小学校下栗分校にはピアノが今も残してあります。実は私の亡父が仕事で納入したものなのですが、当時地域の人たち総出となって、人力で何キロもの山道を持ち上げて運んだそうです。

 ご夫妻の息子さんでもある野牧和将くんは、現在上久堅公民館主事でもあり、昨年の結婚式では私も招待していただいています。

 夕食後は、ご主人の野牧権さんや和将くん、和将の奥さんの千恵美さんたちといろりを囲み、下栗の歴史や文化についていろいろなお話をお聞きすることもできました。

 翌日は和将くんの案内で、日本のチロルともいわれる下栗の外観を見ることのできるビューポイントや、下栗地区の霜月まつりの舞台である拾五社大明神なども案内していただきました。  神社では、和将くんの笛の演奏も聞かせていただきました。

 ▽ 猟の文化の遠山郷

 

 遠山郷は江戸時代から林業で生業を立ってきた地域で、明治時代には王子製紙がパルプの原材料の生産地としていたことから経済的にも大変栄え、南信濃の和田地区は遊技場や映画館なども備えたにぎやかな街並みを誇っていました。

 また、猟も盛んで、クマ、イノシシ、鹿などの山肉を食する文化は今も残っています。「遠山のジンギス」で知られる山肉加工の肉のスズキヤさんを訪れた時にちょうど、猟師さんが仕留めたイノシシを持ち込まれていました。猟師さんは85歳になる高齢な方ですが、大変かくしゃくとされていました。

 山の獣は家畜と異なり平常の体温が高いことから、良質な食肉とするためには、仕留めたその場で血を抜いて内臓を取り出すことが必要で、猟師さんには、仕留める腕以上に、仕留めたあとの始末の技術が求められるそうです。

 

 ▽ 上村小水力発電事業

 小澤川での小水力発電事業

 

 ヒアリングには上村自治振興センターの山崎所長に対応していただきましたが、ヒアリングに先立つ現地視察では、「かみむら小水力株式会社」代表取締役の前島衛さんに案内していただきました。

 平成20年度、飯田市は環境モデル都市として、全国13都市の一つに選ばれました。環境モデル都市は、温暖化防止に向けて2050年を目標年次に、具体的な削減目標を定め、そのための統合的な政策を進めるモデルとなる自治体です。上村の小水力発電事業はもともと、モデル都市提案の一つとして飯田市が発想したものです。小沢川は上村地区の中心を流れる上村川の支流ですが、源流は南アルプスにある水量豊富な河川です。

 一方平成18年度上村地区は南信濃地区とともに飯田市と合併しましたが、合併後も人口の社会減が進み、合併時に約800人であった人口が現在では400人強と半分近くに減少しています。このことは特に子育て世代に顕著で、小学生以下に子どものいない学年がいるなど、保育園や小学校の存続問題も顕在化しています。

 飯田市から提案された小水力発電事業を、上村地区では、こういう地域課題解決に向けた地域独自の財源として活かすことで、持続可能な地域づくりに結びつけたいという考えの下、10年近く上村地域と飯田市が協働で研究・検討を進めています。

  地域環境権条例

 

 太陽光、木質バイオマス、水力など化石起源ではない再生可能エネルギーの活用は、世界各地で進められていますが、日本において特に太陽光発電は、メガソーラーに代表されるように、大手企業が事業として取り組むケースが多く、地域発での取り組みが広がりません。

 飯田市は平成25年に飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」=通称「地域環境権条例」を制定しました。この条例はいうなればエネルギーの自立あるいは自治を進めるために、地域発の取組みを飯田市が積極的に応援することをうたった、全国初の条例です。

 また、条例の趣旨を実現していくために、学術、技術、法律、金融などの専門家によって構成された「飯田市再生可能エネルギー導入支援審査会」を設置し、各地域の取組みに対して専門家としての知見を提供しています。

  かみむら小水力株式会社

 

 検討は平成21年から飯田市と上村まちづくり委員会との間で始められ、発電事業に向けた技術面や地権者との協議、事業主体の設立に向けた研究・検討などが重ねられ、平成26年9月事業主体としての「かみむら小水力株式会社」を設立、株主としての法人格を持つために「上村まちづくり委員会」の認定地縁団体化などが進んでいます。

 この事業では事業規模を、小水力発電としての認可を受けるための上限である最大取水量時出力200kw以内とし、年間想定発電量を約120万kwとしています。国の定めた再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度=FITでは、現在1kwあたりの買い取り額が34円ですから、年間4,000万円ほどの売り上げが期待されます。とはいえ建設費用も数億円と試算されていますから、建設費用の償還を差し引いた差額の利益を、地域の課題解決のために投資するというしくみです。

  売電収益を活用した、地域再生のプロジェクト

 

 平成25年度からは、水力発電事業の売電収益を活用して、地域再生を進めるために、「地域・福祉」「食」「農」「観光」「交通」「水と森の資源」という6つの分野に分けて、取組みの具体化も始まっています。

 特に「食」の分野では、地域の女性の皆さんによる「上村御前」が誕生し、試食や空き店舗を活用した事業化なども検討が進められています。

 これも一つの協働の姿

 もともとは飯田市からの提案を地域が受けた行政主導の取組みですが、地域環境権条例を裏付けとして、地域主導の取組みとなるために、地域住民の皆さんを主体とした多彩な学習会を飯田市職員も丁寧に向き合い、共に悩みながら積み上げて今日に至った取り組みです。

 

 「かみむら小水力株式会社」の役員には地域在住の20代、30代の若者も名を連ね、学びを通して次世代が育ちつつあり、持続可能な地域づくりに向けた地域側の備えも生まれつつあります。

 ヒアリングに先立ち事業地である小沢川の取水地や、発電所予定地などを視察させていただきましたが、思った以上に大規模な事業であり、事業体設立までの時間をかけたこれまでの上村地区の皆さんと、飯田市の熱心な研究・話合いと、事業化に向けたこれからの取組みの中に、地域と行政の協働の一つの姿を見ることができました。

 

〇 チーム遠山郷による「田舎に還ろう」

 ▽ チーム遠山郷について

 

 参加してくれたのは上村自治振興センターの山崎所長、南信濃自治振興センターの高田所長、南信濃公民館の林主事です。

 本年度より飯田市では、市内20地区ごとに移住定住者を獲得するための「田舎へ還ろう」の取組が始まりました。本年度は取組を進めるためのエンジンとして、それぞれの自治振興センターと公民館の職員が中心となり、職員側のチームづくりが進められています。

 チーム遠山郷は、上村と南信濃飯田市機関に勤務する職員有志28人で構成されています。2つの地区が合同したこと、保育園や福祉企業センター、診療所など、自治振興センターや公民館以外の職員まで広げていることなど、他地区にはない取り組みです。

 上村・南信濃両地区は、平成18年度に飯田市と合併した地区ですが、飯田市の約半分を占める面積のうち98%が山林で、2,000人弱が居住しています。平安・鎌倉時代が起源といわれる「霜月まつり」の伝承、山肉文化など、独特な文化風土を持つ地域で、遠山郷と総称されています。

 そこで両地区では田舎に還ろう戦略を、両地区が統合的に取り組むために、「チーム遠山郷」を結成しました。

  ▽ 4つのプロジェクトに分かれて

 

 現在はチーム全体が意識を共有するための学習会に取組んでいます

 その中で取り組みを進めるために必要な課題を整理し、遠山郷分析」「人の流れを作る」「子育て環境」「遠山郷ふるさと納税」の4つのプロジェクトを設け、チーム員がいずれかのプロジェクトに所属して、検討を進めることになりました。

 「遠山郷分析PJ」は、プロジェクトを取組むにあたって、集落ごとの状況も含めた地域分析や、地域が求める移住者ニーズ、かつて転出した方たちの情報など、必要な情報分析を行います。

 「遠山郷ふるさと納税PJ」は、今年度から飯田市ふるさと納税制度が、飯田市に対する納税と併せて、20地区のいずれかの取組の資金に対する納税制度を創設したことに合わせて、遠山郷へのふるさと納税を進めるための取り組み方法について検討います。

 「人の流れを作るPJ」は、遠山郷の魅力発見、活用発見、移住ツアーなどの検討を行います。

 「子育て環境PJ」は、遠山型保育(山保育)の実践検討や移住者が魅力を感じる子育て環境について検討を行います。

 これまで持続可能な地域社会総合研究所長の藤山浩さんや、佐藤飯田市副市長などを講師とした学習会などに取組んでいます。

 ▽ 先行取組としての山暮らしカンパニー

 

 現在は職員自身が課題当事者としての意識を共有する段階ですが、最終的には地域住民の皆さん自身の取組となることを目指しています。

 山暮らしカンパニーは、若者たちによる当事者主体の先行的な取り組みです。歴史あり、文化あり、自然豊かな遠山郷で暮らすことに魅せられた若者たちによる取り組みです。このマチに住む若者の可能性を広げ続けることをミッションとし、好きなマチを担う若者の好循環が生まれることをビジョンとし、活動しています。

 中心メンバーは4人、飯田市内の精密機械会社に働くUターン、介護の仕事の傍ら猟師の修行中のIターン、他地域で働きながら遠山郷への貢献を模索する青年と、それぞれの立場は異なりますが、それぞれの思いや力を重ねることで、活動を始めています。

 現在の活動は空き家を手作りでリフォームした「COM(M)PASS HOUSE」の運営、若者たちのコミュニティづくりを目指した「南信州ゆかり呑み」、滞在型イベントとしての「真夏の大感謝祭」、情報・メディア運営の「遠山GO HOME」など。

 「COM(M)PASS HOUSE」は、COMM=共有、共同体、PASS=道、通過点HOUSE=家、家族を合成した言葉で、集う人たちが一人ひとりのコンパス=羅針盤を見つけることができる場所となることをねらっています。来年3月の開設を目指して、準備が進められています。

 南信濃公民館主事の林君から「山暮らしカンパニー 相談役 林優一郎」という名刺をいただきました。これは山暮らしカンパニーのメンバーから林君の誕生日にプレゼントされたそうで、彼らの仕事に寄り添ってきた公民館主事としての林君の存在が彼らにとっても大変頼りになっていることの証です。

 

〇 まずは職員の意識づくり、そして住民主体の取組へ

 

 田舎へ還ろう各地区の取組が、まずは住民の活動に寄り添う姿勢や意識を職員同士が共有し、山暮らしカンパニーのように、当事者主体の活動に広がっていくことが期待されます。