自治の質量、千代調査に参加しました 2017年1月18日、19日

 1月18日(月)、19日(火)九州大学八木信一先生と東京大学荻野亮吾先生による、「自治の質量飯田調査」に参加しました。今回は、長野県の横断的PJ「中山間地の地域力、自治力による社会的事業支援研究会PJ」メンバーである地域振興課、農業振興課、文化財生涯学習課の皆さんも同行しました。

 今回の現場は飯田市千代地区です。千代地区は全国に先駆けて農家宿泊・体験を中心としたグリーンツーリズムに取組むなど、住民自治力が高く、多彩な地域づくりの取組みが行われている地域です。

 1973年飯田市は「地域の課題を、住民自身が発見し、解決する学習運動」として「飯田市セミナー」に取組み、全国の公民館・社会教育関係者から注目を集めました。

 千代地区は中山間地域にあり飯田市の水源地ではありましたが、肝心の地域にはきちんとした水道施設がなく、水不足に悩まされていました。そこで公民館広報委員会が中心となり、「水資源セミナー」という市民セミナーを立ち上げ、学習の成果として、簡易水道施設の敷設という成果に結びつけました。このことがきっかけとなり、地区内各集落で、地域の課題解決を継続的に進めるための「同志会」が生まれ、同志会のメンバーが、地域の自治活動のリーダーとして活動を続けてきました。

 今回の調査では、多彩な地域づくりの活動の核となる千代まちづくり委員会の活動と、その活動を支える千代自治振興センター・公民館の役割、そして保育園閉園の危機を乗り越えるために地域住民が出資して設立した社会福祉法人しゃくなげ会の設立経過と活動について聞き取りを行いました。

 

〇 県の横断的プロジェクトの価値

 午前中は、千代自治振興センターの福岡茂己所長から聞き取りましたが、福岡所長からは、地域の課題である鳥獣害対策に中山間地直接支払事業の制度を活用して取り組んでいる事例や、棚田保全グリーンツーリズムの受け入れを、今年度から千代地区で採用し、自治振興センターで勤務する地域おこし協力隊員が窓口となって進めている事例、千代地区の自治力を公民館が主催した市民セミナーの運営に関わった方たちが担ってきた事例などが紹介されました。

 ちょうど中山間地直接支払制度は農業振興課が、地域おこし協力隊員の育成は地域振興課が、公民館振興は文化財生涯学習課が担当しており、県の中山間地プロジェクトチームの仕事と、千代地区の取組みが見事に重なりました。中山間地域の現場では、地域振興が核となりながら、農業や社会教育・公民館の機能が地域の振興の鍵になることは間違いなく、これらの課が横断的にチームを作ることの価値を実感する機会となりました。

 併せて、それぞれの課が縦割りで別々に地域に入るのではなく、統合的なチームとして関わることで、地域の課題を共有しながら必要な資源の投入について担当課が役割分担していくような仕事の仕方ができることになると、人や資源の投入がより有効になるのではないかということも感じました。今年度からは県内10圏域ごとにこれまでの「地方事務所」「建設事務所」「保健福祉事務所」という県の組織の縦割りから、「地域振興局」という統合的な組織に模様替えしたことで、より現場に近い地域振興局と、県庁内の関連部局の統合チームがどのように連携・役割分担していくかも、各地域の活性化を支える県の役割を考える上でも極めて大事な視点であるととらえています。

 

〇 千代まちづくり委員会(自治の担い手)と、自治振興センター・公民館(支え手)の連携

 飯田市の場合、市内20地区に自治振興センター・公民館が設置され、窓口業務だけでなく、地域自治組織の運営事務局の役割も担っています。市役所に近い5地区の場合は公民館主事だけの配置ですが、昭和31年以降、町村合併により編入された15地区には、自治振興センターには所長の他、小さい地区でも2人の窓口職員、保健師、公民館主事が配置されています。飯田市職員の定数800人のうち、100人を超える職員が各地域に配置されている計算です。

 しかし八木先生による類似自治体との財政比較の上では、人件費の比率はほぼ同じであるそうです。ここに自治振興センターが地域自治組織の事務局として活動することで、自治的な活動で地域課題の解決を進めることにより、飯田市財政支出が、より効率的に必要課題に執行できる仕組みとなっているのではないかという仮説を立ててみました。

 また、自治振興センターや公民館での仕事経験が、職員の意識の中に、地域住民の皆さんとの平らな関係性を作ることのできる力量を育てることで、本庁に勤務していても現場視点を持った仕事を行うことで、より柔軟で的確な財政執行が可能となるという仮説を立ててみました。

 千代地区の場合は、全国棚田百選にも選ばれた「よこね田んぼ」の保全、中核性の修学旅行などを農家で受け入れる体験教育旅行などの活動が千代まちづくり委員会の取組みに位置付けられ、その事務局を自治振興センターが担っているほか、地域の景勝地である万古渓谷を観光資源として人々を受け入れるための「万古渓谷会」の立ち上げや運営事務局を公民館が担っているなど、地域の様々な取組みを自治振興センター職員や公民館主事が支えています。

 自治振興センターは、地域の鳥獣害対策のための防護柵の敷設を中山間地直接支払制度を活用して実施したり、よこね田んぼの取組みを進めるための拠点整備の財源を、元気づくり支援金を活用する際の県などとのつなぎ役の役割も担っています。

 飯田市自治振興センターや公民館は、千代自治振興センターの例のように、住民自治を支えながら、団体自治との橋渡し役という役割を果たしています。

 

〇 閉園・統廃合の危機を住民立の社会福祉法人で乗り切る

 千代地区は、飯田市中山間地域にあり、面積は大きいのですが、人口は1,712人(平成29年4月末)と、市内でも小規模の地区です。けれども広い地域であることや地域の歴史的経緯から、千代地区と千栄地区それぞれに市立の小学校と保育園が設置されています。

 平成15年度、千栄保育園の園児数が初めて9人と一けたになりました。飯田市からは保育園の統合が不可避であるという相談がありました。

 地域では、両保育園共に残していきたいという願いから、自治会(まちづくり委員会の前身)による検討委員会を設置し、あり方についての検討を重ねる中で、地域で社会福祉法人を設立し、両保育園の維持を図ろうという結論に至りました。

 社会福祉法人の設立には、経営の安定を担保するために一定の基金の積み立てが必要となります。千代地区では各世帯からの均等負担と、篤志寄付により1,000万円を調達し平成17年に「社会福祉法人しゃくなげ会」を設立し、地元立の保育園の運営を続けています。その後地域の高齢者の自立という地域ニーズを受けて、平成23年には「ディサービスセンター千代しゃくなげの郷」も開所、しゃくなげ会は、地域の課題である少子化と高齢化という複数の課題に対処する地元立の事業体として活動しています。

 

〇 地元立法人ならではのきめの細かな運営

 現在千栄保育園には13人、千代保育園には20人の園児が在籍しています。また夜7時までの延長保育や0歳児保育なども受け入れており、このことにより地区外から子どもを預けるケースもあるようです。併せて学童保育や、入園未満の親子の交流拠点である子育て広場「くまさんの家」の運営など、私立保育園を含めた市内の保育園の中でも、保育サービスの多彩さはトップクラスです。

 またディサービスしゃくなげの郷は現在の定員は18人、老いても地域で暮らし続けられるための環境づくりの役割を担っていますが、定期的に保育園の子どもたちとディサービスに通う高齢の方たちの交流会も行われており、このことによりお年寄りに活気が生まれ、子どもたちはお年寄りとのふれあいを通して人に対する心遣いを身に着けています。これも児童福祉施設と高齢者福祉施設を一つの法人が経営することによる成果といえます。

 しゃくなげ会は、地域の意向を丁寧に受け止めた地元立社会福祉法人として、地区の子育て環境を支えています。

 これら取り組みとは別に千代公民館では図書館と相談し、保育園と小学校に通うすべとの子どもたちに毎年、推薦図書を示してその中から子どもたちが希望する本をプレゼントしています。また公民館の読み聞かせグループが定期的に保育園や小学校に出向いて、読み聞かせの活動などにも取り組んでおり、地域全体で子どもたちを育てようという気風が満ちあふれています。

 

〇 地元ニーズを満たしながら財政負担も軽くする、自治の質量

 保育園の取り組みでは、飯田市からの統合提案に対して、地元立の社会福祉法人の設立により2園の存続を可能とし、飯田市はこれを受けて、民間保育園に対する助成を行う形となりました。地域としては基本的な希望がかなうとともに、これまで以上に充実した保育園の運営がかないました。飯田市としても直営の頃よりも財政負担が軽くなり、かつこれまで以上に地元側に必要な取組みに対する資金援助が可能となりました。

 住民自治と団体自治のバランスを示す自治の質量、という視点から考えると、しっかりとした住民自治があり、地域の課題に自治的に取り組み、地域だけでは解決できない課題を行政がカバーすることにより、行政が効率的な予算執行を可能とする。千代地区の取組みはそのお手本ともいえる事例です。

 しかし課題も生まれています。大きくは3つ。

 一つ目は、グリーンツーリズムや棚田保全の活動など地域づくりに関わる活動のほとんどを千代まちづくり委員会が統合的にマネジメントしていることで、まちづくり委員会の役割が肥大化しています。

 二つ目は、まちづくり委員会の事務局を務める自治振興センターの職員の業務も過重になりつつあります。

 三つ目は、1973年に始まる千代市民セミナーから地区ごとの同志会の運営に至るまで、地域づくりの中核を担ってきた層の高齢化による次世代の育成。

 千代公民館ではこのことを課題とし、次世代の育成を狙った取り組みを進めています。

 一つ目は「ちよ端会議」、千代の将来について皆で考えることをねらいとしたこの組織は、東京大学との共同調査がきっかけで公民館の呼びかけで誕生。本年度は住民意識千代宇佐に取組んでいます。

 二つ目は、「万古渓谷会」、地域の景勝地「万古渓谷」を観光資源として保全活用する組織です。

 それぞれ働き盛り世代が参加しており、次代の千代地区を担う人たちが育ち始めています。

 

〇 公民館は村を育てる慈母である

 昭和23年3月、竜丘村公民館(現在の飯田市竜丘公民館)の開設式で、当時の竜丘村長があいさつで「村政が村を守る父親とすれば、公民館は村を育てる慈母である」と語っています。

 千代地区の場合もまちづくり委員会が地域を守る父親で、公民館が地域を育てる慈母としてその役割が発揮されているととらえています。

 

〇 山本地域づくり委員会学習会

 12月18日(月)の夜は、昨年度調査地とした山本地区で、4月より陣容が刷新された地域づくり委員会の幹部役員を対象に自治の質量についてのこれまでの調査報告会を行いました。

 山本地区では、地域づくり委員会構成メンバーの選出方法や組織についての改正を目指しており、そのことを踏まえての学習会でした。

 

〇 自治振興センター長会「地域協議会の在り方検討PJ」

 12月19日(火)は、自治振興センター長会「地域協議会組織見直しPJ」の皆さんとの意見交換会も行いました。

 地方自治法には地域自治区についての規定がありますが、全国他地域では、地域住民代表による行政政策の協議・決議機関のことを指しますが、飯田市の場合はこの役割を担う地域協議会に加えてまちづくり委員会まで含めたものが地域自治区あるいは地域運営組織として位置付けられています。

 活発なまちづくり委員会の存在に対し、地域協議会の形骸化が課題とされており、このあり方についての意見交換を行いました。

 

〇 橋渡し組織の価値

 各地の地域自治組織は、行政の権限を地域自治組織に渡していく形で形成されています。この場合、団体自治=行政とは一線を引いた組織となることが一般的です。

 しかし飯田市の場合は、橋渡し組織として自治振興センター・公民館を置き、そこに複数の職員を配しています。

 このことにより住民自治の取組みを伴走する役割を担うとともに、自治振興センター・公民館で働いた職員たちが、人事異動により本庁に戻った以降も、現場感覚や住民との協働力を兼ね備えた職員として、飯田市全体が住民自治を支える組織体として機能していくことが可能となります。

 自治振興センター・公民館は、住民自治の現場の運営と、団体自治の在り方改革双方にとって意義のある制度として機能しています。

 今年の調査の中間報告会は3月14日(水)に飯田市役所で開催予定です。