しもすわあきないプロジェクトの取り組みを視察しました 2017年11月20日

 11月20日(月)中山間地域の住民力・地域力による社会的事業支援研究会による㈱empublic広石拓司氏による講義「移転可能な形での地域事業のケース分析の手法」の受講と、下諏訪町御田町「しもすわあきないPJ」視察に参加しました。

 【㈱empublc広石拓司氏による講座「移転可能な形での地域事業のケース分析分析の手法」】

  移転可能な形での地域事業のケース分析を学ぶそして今月から具体的に、県内外の地域を訪問し、事例研究を始めることとなりました。今回は、ケース分析を進めるうえでの視点や手法を学ぶことを目的とした研究会です。

 県では部局横断的に「中山間活性化検討チーム」を組織し、その支援の方策の検討を進めています。

 「その人のすごさ」か「移転可能な知恵」か1千万円を超えて稼ぎ出すおばあちゃんの存在を「すごいね」で済ませたり、「自分たちも葉っぱを売ってみよう」と結果だけ見たり、仕組みづくりを行った横石知二さんの属人性に着目することではだめです。しかし行動のプロセスの中で、今がチャンスだと判断するポイントがあったはずです。

 移転可能な分析とは、同じことを再現することではなく、その先行事例は試行錯誤を繰り返しながら「背景・状況」→「判断」→「行動」→「結果」にいたる「つながり=ストーリー」を学ぶことから始めます。いろどりの取組みも成功したことには運という要素が多分にあります。そして横石さん自身も最初から成功するか失敗するのかわからないままに動いていたはずです。決して最初から成功者であったわけではありません。

 広石さんは「葉っぱビジネス」で知られる徳島県上勝町を引用しながら話を進めてくれました。

 すべての成功は何らかの投資的行動から生まれる ただし投資的な行動を行う際に大事なことは次の4つのポイントです。

 

 一般的に自治体財政の支出は、リスクを極力つぶした融資的な視点で行われます。しかし成功事例というものは、リスクを前提に投資的な行動の結果生まれます。

  1. 行動する人が、中長期的なトレンドとして、行きつく先のゴールすなわちビジョンを持っていること
  2. 自分たちが持っている資本(財務・製造・知的・人的・社会関係、自然の6つの資本)を自覚していること
  3. 試行錯誤を繰り返しながらも、現状から未来に向けて、何か進んでいるということを見取れているか判断できていること
  4. いいことなのに実現できていないのはなぜか、常に問いを持ちながら取り組んでいること

  いろどりの横石さんの行動を分析してみる

 

 このことをいろどりの取組みを支えた横石知二さんの行動と重ねてみると、次のようなプロセスが見えてきます。

  1. まず横石さんは、地域の中では力があるけれど潜在化していた女性たちの力に期待します。
  2. 次に料亭の「つまもの」という既存の作物でないものに着目します。
  3. そして、自分たちが取ってきた「つまもの」が料亭の料理に使われているという入口から出口までのストーリーが見えていることから、周りの皆の反対にも負けずやり続けます。
  4. 取組みは横石さんと仲の良かった4人のなかのいいおばちゃんたちという社会関係資本を活かして取り組み始めました。
  5. 最初は全く売れなかったにもかかわらず、広石さんには、料亭で自分たちの「つまもの」が使われているという成功イメージがあり、そのイメージを持ち続けていることから、取組みをあきらめず、なぜ売れないのかという問いを持ち続け、その結果、自分たちがマーケットを知らなかったという原因に行きつきます。
  6. そこで横石さんはマーケットとしての料亭に聞きに行きますが追い返されます。けれどもあきらめずに行動するうちに、お客には話してくれるということを知り、毎月のようにいろいろな料亭に自腹で客として出かけ、仲居さんに「つまもの」について話を聞きます。
  7. そこでわかったのは、「つまもの」は、一つひとつのつまものが見栄えが良くてもだめで、その色、形、大きさなどが均一で、一定のロットが確保できないと料亭側は買わないというマーケットの事情です。 
  8. 以上のような「行動」と「結果」に至る「プロセス」の中で何度も訪れた「別れめ」で「あきらめず」に「判断した」積み重ねの結果で成功に至ったということを学び取るのが分析の手法です。

 現場の取組みの伴走者としての県の役割 投資的行動にはリスクが伴いますが、そういうリスクにどう対処していけばよいのかという「リスクマネジメント」です。つまりともに伴走しながら、現場の人たちとリスクを共有し、ともに気づいていくという姿勢が求められます。

 

  中山間地など現場の取組みの活性化に、支え手として、これから県が関わっていくべき姿勢は「伴走者」です。これまでのように補助メニューを用意するだけではだめです。

 具体的な分析の側面 

 

 具体的な現場でのヒアリングを進める際にポイントとなる側面は、「対象者」「市場」「事業、製品、サービスの質」「生産性」「理由・動機」「ガバナンス」の6つです。

 対象者 

 

 特に大事なのは現場キーマンの持つ力量のうち「ケイパビリティ」です。ケイパビリティとは、単なる知識や技術だけでなく、「能力」「環境へのアクセス」「意欲/あきらめ」などの側面を含む言葉で、活躍できる状況につなげられる力を指します。

 市場 

 

 大分県の湯布院は、別府に対抗するために、団体客を中心マーケットとしていた別府に対して個人をターゲットとし、成功しました。どのような市場を選択したのか、という視点も大事です。

 事業、製品、サービスの質

 それから「価格」はコミュニケーションです。単にその商品が高いか安いかではなくその価格でなぜ売買するのか、という結果に至る、生産者と消費者のコミュニケーションが大事です。

 

 いろどりの場合は、料亭の人たちにとって魅力ある「つまもの」とは何かを探って商品化した取組みです。つまり顧客や担い手など誰にとって、どのような質を大切にしたいのかという質をどのように定義したという点が大事なポイントです。

 生産性 

 

 価値を再現するノウハウ、仕組み、どのように資源を確保するのか、どのように担い手を確保するのか、担い手をどのように育成するのか、育成した人々が前の製品の質を再現できるためのポイント、供給や工法のポイントなども大事です。

 理由・動機 

 

 試行錯誤しながらもやめない理由、続けようとする動機、周りの人たちから見てその人が行う理由の納得性、その取り組みに共感を呼ぶ理由、そして誰が共感しているのかなども大事です。

 ガバナンス 

 

 ネット通販大手のアマゾンは、仕組みを立ち上げてから15年間、取引高は拡大していきますが、赤字が続いていました。それでも継続したのは収益よりも取り扱い高を増やしていくことを目的としていました。経営者はそういう視点で組織や活動のガバナンスを進めていました。そういう取組みを進める人たちのガバナンスも、聞き取りの大事なポイントです。

 6つの資本の視点でみる

 それは「①財務資本」「②製造資本」「③人的資本」「④知的資本」「⑤社会関係資本」「⑥自然資本」を指します。人的資本とは組織で働く人たちのこと、知的資本とは組織が取り組みを進める上で持っている知恵、社会関係資本とは組織が存立する周りの地域や人との良好な関係、自然資本とは一方的に自然からの恩恵を受けるだけでなく恵みを返していくことができる循環の視点です。

 

 9月9日から11日にかけての石巻視察でも、同行していただいた広石さんから、6つの資本という見方を教えていただきました。

 統合的にまとめるまた船木さんが専門とされているブランディングも、個々の要素の集合体です。

 

 【視察:下諏訪町御田町「しもすわあきないプロジェクト」】

 

  長野県、あるいは一つの中山間地域で暮らしてみたくなるためには、そういう人たちと地域をつなげる県の仕事が統合的に見えるようにしていくこともブランディングとしての必要な条件です。

 研修会の最後に船木参与から「リーンスタートアップ」が大事、という話をしていただきました。これは小さな取り組みを、失敗を繰り返しながらも積み上げて、その積み重ねの中で大きな成功につなげていく、という考え方です。

 匠の里しもすわあきないプロジェクトから学ぶ

 

 ㈱empublicの広石拓司さんのお話をお聞きしたその足で、下諏訪町・御田町商店街を訪問し、NPO法人匠の町しもすわあきないプロジェクトで専務理事を務める原雅廣さんのお話を伺いました。

 原さんの本業は大和電機工業株式会社の取締役部長ですが、本業の傍ら御田町商店街のまちづくりを支えています。

 原さんのお話は一言一言が実践に裏付けられながら、しっかりとした意味づけをされており、お土産になる言葉が満載でした。

  御田町商店街の歴史と現在

 

 御田町商店街は諏訪大社の参道に位置し、明治時代からのお店もあるそうです。しかし原さんたちが活動を始めた2003年には、1/3の店が空き店舗でした。

 原さんがこの活動に入ったきっかけは、2002年、新しい町長の発案で生まれた「しもすわはってん100人委員会」に参加したことに始まります。そのメンバーの中から「商店街活性化グループ」が生まれ、話し合いの中でこのグループが核となり、2003年「匠の町しもすわあきないプロジェクト」に改名、2005年、活動の拡大に合わせてNPO法人となりました。

 その後現在までに、若手のモノ作り職人が中心に述べ35件が開業し、モノ作り職人の町として全国に知られるようになりました。

  「モノを売る場所」から「コトづくりの場所」へ

 

 これまで商店街は、「モノを売る場所」ととらえられていましたが、その固定観念から脱却し、商店街でモノをつくり、ここだけしか手に入らない匠の町づくりをすすめることで、「コトづくりの場所」へと変わっていきました。

 この取組には工業者である原さんのような異分野の視点が商業と結びついたダイバーシティ(多様性)による変化・変革があります。
 大事にしている3つの視点「リソース」「アクション」「シェア」

 

 取組みを進めるときに大事にしているのは3つの視点を大切にしているそうです。

 「リソース」:あるものを使い無理をしないこと。

 「アクション」:できることからはじめ、できる人がやる。

 「シェア」:情報と人脈を共有し、長を作らない

 最初に一軒の空き店舗を、町の人たちやNPOのメンバー手作りで、お金をかけず手間をかけリフォームすることから始めたそうです。そしてその小さな成功例を積み重ねて、多くの創業事例を創出していったそうです。

 それこそ船木参与が例とした「リーンスタートアップ」そのものです。

 町を支える4つの力「Stock」「Value」「Rest」「Design」

 

 そして町を支えるのは次の4つの力です。

  「Stock」の中心は、「おかみさん会」

 

 「Stock」の中心は、「おかみさん会」の存在です。現在会員13人のこの会は、昭和のよい時代のおせっかい文化を持つ方たちです。

 原さんは「おかみさんフィルター」と呼んでいますが、新しく商店街で起業を希望する人たちとの面談は、おかみさんたちが行います。大事にしているのはあいさつなど隣近所との人間関係をちゃんと結べるかどうか。当日もお二人のメンバーが参加してくれましたが、商店街で起業する若者たちを、自分たちの子どものように見ているそうです。仕事の内容には口を出さず、日常の暮らしの中で心配なことの面倒を見ているそうで、何組かメンバー同士の結婚の縁結びにまでつなげたそうです。

  Value」の中心は職人たちのつくる力

 

 「Value」の中心は職人たちのつくる力です。若い職人たちは協働で、自分たちの作品を共通の「御田町スタイル」というブランドにし、東京で物販し、大成功をおさめます。彼らはモノを売るだけでなく御田町という町を売ります。御田町という冠で事業をすることの価値を作ることを原さんは、「エリア・アイデンティティ」と呼んでいます。

  Restの中心は「プラットフォーム」

 

 Restの中心は「プラットフォーム」という考え方です。それは場所というよりも機能です。プラットフォームとは「情報と人材を共有」し、「餅は餅屋」で得意とする人に得意なことを預け、「個々の問題を相互補完」の視点を持って違いの悩みの解決や得意分野の共有などを進める機能を指します。

 そこには全体を統括するリーダーに下で活動するというのではなく、プラットホームが皆をつなぎながら、一人ひとりが自身が主役となって活躍していく、「自律分散型」の姿が大事です。

 原さんは自律分散型をロボットにたとえて説明してくれました。ロボットを動かす時、全体を一つの頭脳で制御すると不具合が発生することが多く、むしろ手や足などそれぞれのパーツを制御する頭脳を作り、それらを統合的に機能させたほうがロボットはうまく動くそうです。さすがにモノ作りを本業とする原さんらしいお話でした。

  Designの中心は客観的に立場で全体像をまとめるデザイナー

 

 諏訪地方は、ものづくりの地域だけあって、モノのデザインに関わる人たちが多い土地柄だそうです。しかもデザインを専業とする方だけでなく、半農半デザインなどデザインも仕事の一つとされている人たちが多いそうです。そういう人たちとつながることで、中で暮らす人たちには見えない目線を持ったコトのデザインをしてもらっているというお話です。

 町の成長を測るものさしは「幸福度ナンバーワンの町」

 

 そして町の成長を測るものさしは、「皆があこがれる」「住んでみたい」「また行ってみたい」「これから行ってみたい」と思ってもらえるような幸福度を感じることができるまちづくりに置いているそうです。

 サーバント・リーダーシップ

 

 現在上田市の公民館職員の皆さんとの間で読書会を始めていますが、私が課題図書に選んだのは「サーバント・リーダーシップ(ロバート・K・グリーンリーフ)」です。サーバント=奉仕する人・仕える人とリーダーシップは一見ま逆の言葉ですが、皆がチームとして一体的に動くことができる組織のリーダーは、実はチームの一人一人に対するサーバントとしてのまなざしを持つ人、というリーダーシップ論です。とはいえプロジェクト全体をしっかり俯瞰し、こういう地域にしていきたいという未来やゴールというビジョンを持っているなど、そのリーダーシップにはたくさんの要素が加味されます。

 今回お話をお聞きした原さんにサーバント・リーダーシップを見たようにとらえています。実はこのサーバント・リーダーシップは、公民館主事にも求められる力ととらえています。

東信地区公民館運営協議会研修会の講師を務めました 2017年11月17日

 11月17日、東信地区公民館運営協議会の講師を務めました。テーマは「公民館は、村を育つる慈母である」です。

 

 

〇 自治の担い手が育つ公民館

 

 

 参加者は45人、東信地区公民館職員の皆さんに加えて、小諸市からは分館長や主事の皆さんも参加されました。

 テーマは「公民館は村を育てる慈母である~地域づくりと公民館」公民館を自治の担い手が育つ場ととらえ、具体的な事例を通して公民館のあり方や自治の担い手を支える公民館職員に求められる役についてお話ししました。

 

〇 上久堅の取り組みから自治と公民館の役割を考える

 

 冒頭で、飯田市上久堅地区の「食工房 十三(とさ)の里」と「子育て支援」の取り組みについて紹介しました。

 このうち「子育て支援」は平成14年、上久堅自治会だよりに当時の自治振興センター所長が少子高齢人口減少が進む地区の将来の厳しさを提起しました。

 この事に衝撃を受けた当時の自治会長が地域の若手メンバー8人を「少子化問題対策委員」に委嘱し、一年間12回の会議を重ね、「子育て環境の充実」「若者定住対策」「IUターン者の受け入れ」など6つの提言を行いました。

 これが上久堅地区の少子化対策の出発点になりました。

 

〇 延長保育と学童保育を重ねる

 

 子育て世代が移住や転居を選択するきっかけの多くは、子どもの進学など子育ての条件にあるようです。

 上久堅地区にある上久堅保育園には延長保育はなく、当時地区の共働き世帯は、飯田への通勤途中にある下久堅保育園に子どもを預けていました。このことにより上久堅保育園の園児数が減り、公立とはいえ、経営的に険しい状況におかれていました。

 当時の自治会は、保育園を存続させるためには、上久堅保育園でも延長保育を受け入れることとし、それにより園児数を確保することが必要ではないか、という結論に達しました。

 しかし飯田市としては延長保育のニーズの高い地域を優先せざるを得ません。

 そこで地区の自治会は市と話し合い、市と協力して次のような仕組みで延長保育を実現させました。

 それはまず小学校の学童保育と延長保育を合体させることで、職員体制を確保させること。

 そして延長保育に必要な費用の一部を地区と保護者が負担すること。

 延長保育と学童保育を合体して運営する児童クラブを市は保育園を隣接して建設し、管理は地区が責任を持つこと。

 子育てのための資金を調達するために、住民有志により子育て支援の会を設立し、会員の会費により必要な資金を捻出すること。

 子育て支援の会は会員数は83人、年会費が6,000円で年間予算は約50万円。

 このお金を延長保育のための人件費の一部や児童クラブ建物の管理費に充てるほか、保育園や小学校入学時の祝い金や、保育園や小学校のでの備品購入補助などに充てます。

 〇 担い手は公民館で育つ

 

 上久堅地区の自治会(今はまちづくり委員会)の役員はたいてい若い頃は公民館活動や地域づくりの活動に関わっています。その中で地域の将来について考えたり、皆が力を合わせてものごとを達成していく経験を積んでいます。

 そういう人々の「意識化」や「組織化」が公民館の大事な役割だととらえています。

今回の講演テーマとした「公民館は村を育てる慈母である」ということばは、昭和23年3月竜丘村公民館(現在の飯田市竜丘公民館)開設記念の日に、当時の竜丘村村長の「村政は村を育てる厳父であり、公民館は村を育てる慈母である」 というあいさつからの引用です。

 〇 地域にとっても行政にとっても意義がある「自治の質量」

 

 昨年度から九州大学の八木信一先生と東京大学の荻野先生と共同で自治の質量飯田調査を行っています。「自治の質量」は住民自治と団体自治のバランスのとれた状態をさす、八木先生の定義した言葉です。

 まず住民自治により地域の課題を自分たちで解決しようという取り組みがあり、そこで自分たちだけでは解決できないと判断したときに、行政を巻き込み、できない部分を行政にあずけます。このプロセスが協働です。そして行政はあずけられた課題を政策化します。このことにより行政はより効果的・効率的に予算を執行することができますも

上久堅地区の子育て支援の取り組みはそのモデルとも言える例です。

〇 自治の支え手としての行政・行政職員

 

 上久堅地区の取り組みに対し行政は、既存の飯田市の制度や解釈を、地域のニーズを受け止めて柔軟に制度を変更しました。これからの行政にはこういう柔らかいスタンスが求められます。

 実は行政側の担当者は元公民館主事でした。公民館主事として地域の方たちと日常的につながりながら仕事をしてきた経験が、一般行政に異動したあとも「住民自治ファースト」の姿勢をもった仕事ぶりにつながっています。

 つまり公民館主事の経験は、これからの自治体職員に必要な資質や力量をつける場であるということです。

〇 住民自治→協働→団体自治

 

 国は自治の質量を高めるために、全国各地に地域運営組織の設置を奨励しています。

 地域運営組織は国や自治体主導でつくられようとしていますが、上久堅地区の例のように本来は住民発でつくられるものだと考えています。

〇 「守り」と「攻め」の前に「学び」が必要

 

 地域運営組織は総務省の定義によれば、従来の自治会活動を「守り」とすれば、その事に加えて新たな課題解決に挑戦できる「攻め」の姿勢を持つ組織だそうです。

 しかしこれらはあくまで枠組です。そこに至るプロセスが必要です。それが「学び」だととらえています。

 これからの公民館には、自治の担い手や支え手が育つ場や役割がいっそう求められるのではないかと考えています。

中山間地域PJ 進雄太先生の講義をお聞きしました 2017年11月16日

 

 11月16日(木)県庁で「第1回中山間地域の住民力・地域力による社会的事業支援研究会 『小さな拠点』分科会」が行われました。長野県は平成30年度にスタートする総合計画の取組みの柱の一つとして、中山間地域の活性化支援を掲げ、その取組みの準備を進めています。

 この日の研究会は、取組みを進めるエンジン役であり、企画振興部地域振興課が主管し、交通政策課、農村振興課、農業政策課、文化財生涯学習課という部局横断的な体制に加えて、オブザーバーとしてJA長野県くらしのセンター、船木参与、有識者として東京大学大学院工学研究科の新雄太特任助教が参加して進められました。

 2014年5月日本創成会議から出された人口予測により、全国半数近い市町村の「消滅可能性」が示され、その多くが中山間地域であることから、中山間地域は遅れた地、あるいは切り捨てられる地、ととらえられる傾向が加速しました。このことに対して、明治大学の小田切徳美教授は「中山間地域は消滅しない」(岩波新書)を発行し、都市の暮らしから中山間地域の暮らしを選び移住する動きを「田園回帰」と呼び、消滅可能性を指摘された中山間地域の中に、そういう人々の動きを受け入れる地域が多く生まれている事実を指摘しました。

 長野県は中山間地域を、古くから知恵ある暮らしを蓄積してきた地域であり、これからの時代を切り拓く魅力に富んだ地「クリエイティブフロンティア」と表し、中山間地域が魅力ある地域として持続していくための支援を進めることとしました。

 

〇 東京大学 新雄太先生による上田市真田の取組みプロセス

 

 今回は東京大学の新雄太先生を講師に、「真田の郷まちづくり推進会議設立の軌跡」をテーマにお話しいただきました。

 上田市真田は平成の合併前は真田町であり、人口は1万人強の地域です。上田市は平成の合併を契機に、上田市内各地域や編入された地域が自立的・持続的なまちとなるために、住民主体のまちづくりを進めようと、地域ごとに住民自治組織の設置にむけた準備を進めています。

 新先生は上田市担当者から依頼を受け、組織化のファシリテーターとしてこの取組みに関わりました。

 上田市の地域自治組織の取組みは行政側からの提案であることから、地域住民の皆さんにとってはやらされ感の強い話であることから出発しましたが、新さんは取組みを進める中核組織である「真田町まちづくり準備会」に参加した30数人のメンバーによる話し合いを、1年間で21回も積み重ねることで、住民主体の取組みの実現を支えられたそうです。

 

○ 「守り」と「攻める」の土台に必要な「学びと育ち」

 私は昨年度から、九州大学の八木信一先生、東京大学の荻野亮吾先生とともに、飯田市をフィールドに「自治の質量」調査に取組んでいます。

 「自治の質量」とは、八木先生の定義された言葉で、住民自治と団体自治のバランスを指します。地方分権の動きの中で国は地方公共団体への権限の委譲を中心に、団体自治に注力してきました。その結果として両者のバランスがより団体自治に寄る傾向が強くなっていました。そこで近年は住民自治の機能強化をねらって、地域運営組織の設立支援に取組み始めています。

 地域運営組織について総務省は「地域の暮らしを守るため、地域で暮らす人が中心となって形成され、地域課題の解決に向けた取組みを持続的に実践する組織。具体的には、従来の自治・相互扶助活動(守る組織)に加えて、一歩踏み出した活動(攻める組織)を行う」と定義しています。

 新先生のお話をお聞きして、「守り」と「攻め」はあくまで枠組みであり、それらを実現するプロセスとして「学び・育ち」という概念を加えることが必要ではないかととらえました。

 

○  プロセスは住民自治・協働・団体自治

 上田の事例は、行政からの提案で住民による自治の拡充を進めようというプロセスですが、本来的な自治はベクトルが反対なのではないかととらえています。

 それは前提として、地域は、地域に暮らす人自らが治めるものであるということから出発することが必要ということです。

 そして、地域の中だけでは解決できない課題が生まれた時、地域から行政にその課題を発信し、課題解決に向けた地域住民と行政が話し合うプロセスを協働ととらえます。

 そして協働のプロセスの中で地域では解決できないことを行政が政策化していく、つまり本来のプロセスは住民自治→協働→団体自治であると考えています。

 しかし肝心の住民自治が機能していない状況を解決するために、そこに「人々の学びを通した、自治の担い手としての育ちのプロセス」が前提として必要になると考えています。

 長野県の場合は公民館が自治の担い手が育つ学びのプロセスを実現する場となることが、中山間地域がクリエイティブフロンティアとなるための大事な要素ではないかととらえていますし、そこに私の仕事があるのではないかと考えています。

 

上田市で行われた「始めよう まちづくり」に参加しました 2017年11月4日、5日

 11月4日(土)、5日(日)上田英劇と周辺集会施設を会場に、「始めようまちづくり~若者と大人が地域(まち)DE学ぶプロジェクト」が行われ、参加しました。

〇 主催団体と開催の目的

 

 

 主催は日本都市青年会議、共催は地元有志による実行委員会です。

 日本都市青年会議は、1969年、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、東京、北九州の青年有志によって設立され、全国各地の若者たちが集う全国大会を開催するなど、若者同士の学びを交流を目的とした団体です。上田市では今年で7回連続都市青年会議を開催しており、今回も高校生と大学生15人を含む若者など80人が集う会となりました。

〇 会場は上田映劇

 会場となる上田映劇は大正時代に建てられた建物で、はじめ芝居小屋として寄席や歌舞伎なども演じられていましたが、昭和になってからは映画館として活用されてきました。建物の老朽化などで経営難に陥り、一時休館していましたが、街なかの活性化には文化が大切と映劇の復活を目指す有志によりNPOを設立し、4月より映画の上映、情報誌の発行、さまざまなイベントの開設などに取組んでいます。

 上田映劇だけでなく、古い町屋づくりを活かしたお店など素晴らしい景観を備えた街並みや、空き店舗をリノベーションした学びと交流の場などがたくさんあり、そういう場所から多くの若者や女性たちが育っています。

〇 こらぼ食堂で昼食

 5日の集会終了後、講師で東京大学の牧野篤先生と、イベント企画の中心的な支え手である上田市中央公民館長の竜野秀一さんと3人で、コラボ食堂でお昼を頂戴しました。

 ここはNPO法人食と農のまちづくりネットワークが運営する食堂で、一番の特徴は「ワンディシェフ」というしくみです。この日はこらぼ食堂のコーディネーターも兼ねているla verduraの竹内紀子さんによる野菜中心のランチをいただきました。

〇 始めようまちづくり 初日全体会は牧野篤先生の講義とリレートーク

 11月4日(土)午後に行われた、「始めようまちづくり」初日は全体会。前半は東京大学大学院教育学研究科教授の牧野篤先生が講師となった講演会「楽しさベースの人生100年社会へ~少子高齢人口減少社会における地域コミュニティの役割」と、上田市内で活動されている市民活動グループによるリレートークが行われました。

 牧野先生の講義は、翌日私が参加した「学びを通じた持続可能なまちづくり」でも続きをお聞きしましたので、分科会報告の方で詳しくご紹介することとし、市民活動グループによるリレートークについてご紹介します。

 ▽ 情報による地域活性化 NPO法人UFM 理事長の池松勇樹さん

 

 UFMは上田の魅力を発掘・表現・伝達を目標とした市民団体で、2007年結成、季刊(当初は月刊)のフリーペーパー「うえだNavi」の編集・発行が活動の中心です。発行部数は10,000部で、市内400カ所で配布しています。

 情報誌の編集・発行の活動を通して、上田の人やこと、場所の魅力を発掘し、取り組みのプロセスの中で人と人とをつなげていくことが目的です。

 ▽ 遊びは子どもの主食 NPO法人あそび環境Museumアフタフ・バーバン 北信越事務所長 清水洋幸さん

 

 アフタフ・バーバンとはアラビア語で「開けゴマ」を意味します。アフタフ・バーバンは、東京を拠点に全国各地で子どもたちの遊びの場やそういう活動を支える大人たちの学びの場づくりを進めていますが、清水さんは上田出身であることから、北信越支部長として上田を拠点として活動を進めています。子どもにとって遊ぶことは「主食」という考えの下、4つの柱で取組みを進めています。

 「①禁止のまなざしのあふれている社会の中で遊び心響きあう大人磨きをすすめる」

 「②子ども自身に遊びを通して表現する力や創造する力を育てる」

 「③子どもたちの、違いを認め、関わりあう力、生き合う力が育むことのできる仲間づくりの環境を育てる」

 「④まちや場所の中から遊びを通して新しいものを創り出す。」

 ▽ 上田地域通貨 蚕都くらぶ・まーゆ 世話人の竹内秀夫さん

 

 「まーゆ」は2001年に生まれ、20年近く続く地域通貨です。お互いの助け合いや貸し借りを本当の通貨でなく、それぞれの「通帳」に記帳する方式で続いています。現在の メンバーは200人、入会も退会も自由で、延べにすると400人以上の方たちとつながっています。私自身地域通貨はなかなか長続きしないもの、ととらえていましたが、まーゆでは、定期的な市や懇親会の開催、古民家再生と、その場所を拠点とした交流活動など、参加メンバー同士が協働する企画を合わせることで活動が継続しています。

 ▽ 真田の郷づくり推進会議 会長の宮下俊哉さんと副会長の間藤まりのさん

 

 会長の宮下さんはお寺のご住職、間藤さんは子育て真っ最中のおかあさんです。平成18年に上田市に合併するまでは真田町であった真田の地区に暮らす人たちが元気で生き生きと暮らすことができるように、さまざまな事業を通してつながりづくりを進めています

 ▽ 本を通して人の生活を豊かにする バリューブックス 自社プロジェクトマネージャーの中村聖徳さん

 

 バリューブックスは、上田市を拠点とする、国内最大級の古本の買取と販売の会社です。この仕事とは別に、本を通して人々の生活を豊かにしようと、購入代金を指定した大学や市民活動に寄付ができる「ちゃりぼん」、市場に出すには少し古いけれど十分に読むに堪える本を施設に寄付する「Book Gift」、書店のない地域に車で移動販売をする「Book Bus」、本を通した学習交流スペース「Nabo」の運営などに取組んでいます。

 ▽ 森を学び育てる NPO法人やまぼうし自然学校の平林文嗣さん、小菅彩さん、山田梨加さん

 

 「森林インストラクター養成講座」の受講者が中心となり、菅平高原を拠点に、人と森をつなげる活動に取組んでいます。

 ▽ 若者の自立を支援する NPO法人侍学園スクオーラ今人校長の栗原渉さん

 

 いわゆるニートや引きこもりの若者たちを寮方式で受け入れて、スタッフとともに暮らしながら、基本的な生活習慣の獲得と、学習支援を進めながら、本人の意思による「自立」を迎えた時に「卒業」として送り出す取り組みを進めています。

 ▽ 地域の食文化を発信し人をつなぐ NPO法人食と農のまちづくりネットワークの古田睦美さん

 

 農家や料理好きの主婦や若者などが日替わりで料理を提供するワンディ・シェフ方式の「コラボ食堂」の運営、人材育成のための種まくカフェやワンディパティシエ工房、コミュニティ厨房などを組み合わせた「松尾町フードサロン」の運営、伝統野菜の山口大根など在来野菜の保存伝承や、農家と消費者を結ぶ取り組みなどを進めるCSA(地域で農業を支える)活動」、「地域食材を活用した商品開発」「食農教育活動」などに取組んでいます。

 ▽ 障がいも個性のまちづくり NPO法人リベルテ理事長の武者和貴さん

 

 障がいを持つ方たちのケアと文化的な表現活動を通して、個性や自己決定、自由を、障がいのある人たちとともに尊重していくことができる社会や、人、関係作りを進めています。

 ▽ 元気や若者や女性たちの存在~若者たちにとってのロールモデル

 

 それぞれの活動の主役の多くは、若者や女性の皆さんです。そして共通しているのは多様な人々が違いを認めながらつながりを作り、その中から新しい文化を発信していることです。リレートークを通しはて、上田のまちの底力を感じることができました。

 

〇 牧野篤先生の講義「楽しさベースの人生100年時代へ」

 「始めようまちづくり」初日の全体会と、2日目の第1分科会「学びを通じた持続可能なまちづくり」で東京大学大学院教育学研究科教授の牧野篤先生の講義をお聞きしました。テーマは「楽しさベースの人生100年社会へ~少子高齢人口減少社会における地域コミュニティの役割」です。

 印象に残るお話をご紹介します。

 私自身が県の職員として課題と考える公民館主事など、地域住民の学びや自治を支える専門職の力量形成を考えるうえで大変示唆に富んだお話でした。

  ▽ 国の各省庁が寄せる社会教育・公民館への期待

 

 11月3日に島根県を訪れた。島根県では高校魅力化プロジェクトを通した教育移住の試みを進めている。このモデルとなったのが隠岐の島海士町の島前高校である。今回は他地域から入学した在校生たちの話を聞いた。

 高校生たちは自治体やコミュニティが支援し、社会や地域の関係性の中で育てられている。これは学校内での組織的な教育活動=社会教育そのものである。

 文科省は社会教育課という名称を変えようとしているが、総務省経産省厚労省国交省などはむしろ地域コミュニティの自立的な発展の土台に公民館を中心とした地域における社会教育に着目しており、その意味で公民館の存在が試されている。

 牧野先生のこの指摘は、上からの動員的な役割としての公民館となるか、地域住民の自発的内発的な自治の拠点としての公民館となるか、その境界にあるという意味ととらえた。

 ▽ 社会発展の側面から見る高齢化と人口減少

 

 平均寿命に大きな影響を与える要素の一つは乳児の死亡率。19世紀前半は1,000人当たりの乳児死亡数のピークは350人であったのに対し、最近は20人を切っている。多子社会は持続可能性を担保するために乳児の死亡率も背景としており、少子化社会の背景の一つは子どもが安全に育つことができる社会であることのあかし。

 ▽ 少子・高齢社会における課題としての格差社会

 

 日本は全世帯に対する子どもの相対的な貧困率17%と世界でも突出して高い

 また、急速な高齢社会の進展は、従来の社会保障の枠組みでは対応できず、これまでの護送船団方式の利益配分を保障するシステムが解体し、従来の権利保障システムが危機を迎えている

 ▽ 楽しい、自治体な社会をつくる

 

 これからの時代に必要なことは、小さなコミュニティ単位で、子どもの成長を軸に、学校を核として地域総がかりで社会を創る営みである。

 この時大事なのは一元化・画一性から多元化・多様性という視点であり、このことにより固定した価値から価値の不断の生成・変化が生まれていくという社会像を見据えていきたい。こういう社会に必要なのは、一部のリーダーがけん引するのではなく、社会の構成員皆で作り上げるというスタイルである。

 ▽ 社会教育が新たな社会の基盤をつくる

 

 社会の基盤とは「住民自治を指し、地方公共団体が行う「団体自治」は住民自治があって初めて機能する。そういう住民自治を機能させるために大事な単位は基礎自治体あるいはさらに小さな地域コミュニティであり、そこでの住民自治を機能させるために社会教育は重要な役割を果たす

 ▽ 学びとは、他者とともに社会をつくる営み

 

 学びとは単に知識や文化教養を得ることだけではなく、自らが社会をつくり、経営する営みであり、他者とともに社会を治める営みである。

 社会とは、他者との関係によって構成される小さな社会のことであり、小さな社会を経営することがすなわち自治である。

 社会基盤であるコミュニティを住民自身が経営することにより、結果として行政の財政負担を軽減させることになる。

 これからの小さな社会は、多元的な価値に覆われた社会であり、参加する一人ひとりが創意工夫して力を合わせて作り上げていく楽しい社会である。

 ▽ 新しい社会モデル

 

 次の3つの地域における実践が新しい社会モデルである

 ▽ 柏市における取組

 

 柏市では多世代交流のまちづくりを進めることで、シニア世代が社会を支える大事な構成員として認められ、その姿をロールモデルとして子ども・若者・後継世代が育っている。

 ▽ 豊田市における取組

 豊田市では、定住した若者たちが中心となり、その地域に暮らす人たち全体をグループホームととらえ、仕事を分け合い、負担を分け合い、生活を支え合い、収入を分け合い、日本の最先端地域へと生まれ変わりつつある。

 ▽ 富良野市における取組

 

 富良野市では、小中高が一貫して、ふるさとに愛着を持つ子どもたちを育てる試みを通して、子どもたちの発想や行動がそのまままちづくりの活動となるような取組みが進められ、地域の担い手として育っている。

 ▽ 学びは社会保障

 

 住民が社会をつくるということは、「誰もが自分の人生をイメージできる」「誰もがこの社会の主人公だと思える」「誰もがこの社会に共に生きていると思える」ということ。

 住民が子どもに関わることは人生前半の社会保障であり、高齢者自身にとっては、人生後半の社会保障である。

 ▽ つながりをつくる

 

 つながりとは、いざというときに頼りになる関係であり、相手に頼っても良いという安心感と、つながることのわくわく感がともなうものであり、自立とは、こういうつながりがあって初めて実現するものである。

 これは「緊密なつながり」というよりも「緩いつながり」「関心を持ちあう」「社会に対する信頼感」があることが社会にとっても重要である。

 ▽ 市場もつながりである

 

 飯田OIDE長姫高校商業科の生徒の教育課程を、松本大学飯田市公民館が支える地域人教育。リヤカーで買い物困難者の多い地域で引き売りをする高校生たちの気づき。「お年寄りたちは本当に必要なものだけでなく、余分なものまで買ってくれる。これは私たち高校生たちにまた来てほしいというメッセージ。つながりをもとめている。」

 モノが買える、モノが売れるというニーズは、個人には存在しない。関係の中で発生する。

 ものづくりは、人が自分を社会の中につくりだし、社会をつくる営みである。

 商業は、モノを流通させることで社会をつくり続ける運動である。

 ▽ 若者が帰ってくる訳

 

 田園回帰といわれる、若者たちが都市の暮らしから田舎の暮らしを選択する動きが生まれている。

 若者たちの新たな動きの動機として「利便性より自然環境」「地域参加意識」「競争より充実」「自然相手の仕事」「仕事が生活そのもの」などがあり、これはすなわち「受け入れられること」「文化的なもの」「地域社会重視」を選択した結果である。

 ▽ 学びの本質

 

 「創造性(クリエィティビィティ)は個人の中にあるのではなく、関係性の中にある。他者と協調的でないと、創造的にはなれない(チクセント・ミハイ)」

 最近高校などで授業の方法として「ディベート」が採用されるがこれは「つぶしあい」。大事なのは自分と世界を人とともに創り出していくことであり、そのために必要な視点は「分離しない」「重ねる」「関係をつける」「つなげる」「物語をつくる」ことであり、ディベートとは真逆の考え方である。

 自分がつくった新しい自分と世界を、後から発見している(ふりかえり)、そのことでわくわくすると、もっとつくりたくなる。それは人との共同作業。こういう「わくわく感」はひととのあいだでしかあじわえない。自分は人とともにある存在。

 学びの本質は、自分と世界を、人とともにつくりだし、拡張し、豊かにすること。そのプロセスで自分に驚き、わくわくすることである。

 それは常に未知をつくりだすこと。新たな関係へのきっかけ。対立を新たな関係にとらえなおすこと。社会をつくりつづけること。自分を新しくし、他者を新しくし、社会をつなげていくこと。

 自分と他者を新たな存在へ駆動することである。

 ▽ 学びを支える新たな専門職

 

 こういう人々の学びを支える専門職として文科省は、これまでその職に就いた時に発令される任用資格であった「社会教育主事」を、国家資格としての「社会教育士」とし、その養成の内容も大幅に見直そうとしている。

 新たな専門職に求められる資質は、地域住民とともに生活し、彼らの言葉にならない感情や思い、日常生活上の課題、希望を言語化し、可視化して、住民に還し、「学び」を組織化できる人材である。

飯田国際交流推進協会で講師を務めました 2017年10月29日

 10月29日(日)飯田市役所で行われた飯田国際交流推進協会が主催するシンポジウム「多文化共生社会と小さな世界都市を語るシンポジウム」に参加しました。

 

 

〇 小さな世界都市を実現するための、連続シンポジウム

 

 

 このシンポジウムはシリーズで開催されており、5月に開催された第1回は「リニア時代と飯田下伊那の人口減少問題を考える」をテーマとし、地元経営者代表、新聞社、飯田市副市長、国際交流協会横田会長の皆さんにより、持続可能な地域づくりに向けた魅力ある飯田市づくりと、外国人労働者の受け入れなどによる人口対策をテーマとした意見交換が行われました。

 第2回目となる今回のテーマは、外国籍住民の定住・移住に向けた、飯田市や市民の備えです。

                      

〇 交流と学びで創るダイバーシティのまちづくり

 

 私は会の冒頭で「交流と学びで創る、ダイバーシティのまちづくり~多文化共生と『田舎へ還ろう』を結ぶ」とことをいうテーマで話題提供させていただきました。話の概要は次の通りです。

 ▽ 高校生講座カンボジアスタディツアーに見るダイバーシティ

 

 飯田市の公民館が主催しているこの取組は、「ふるさと飯田を学んでものさしとし」「カンボジアという異なる文化のことを学び」「自分たちの生き方・進路を考える」ことをねらいとしています。飯田下伊那の高校に通う高校生が毎年10数人10月から半年間ふるさととカンボジアについて学び、3月に1週間カンボジアを訪問、帰国後2か月間の振り返りを行い6月に報告会を行う、という8か月かけた講座です。

 昨年度の講座に参加した高校生たちは6月に行われた報告会で、3つのグループに分かれて、飯田の素敵な大人たちとの出会いと、カンボジアでの経験を重ねて報告してくれました。

 「遠山郷」グループは「笑顔の背景」をテーマとし、厳しい自然条件の中で力を合わせて暮らしている遠山郷の人たちと、貧しい暮らしの中で学校に通うことができる幸せを笑顔に表しているカンボジアの子どもたちを結び付けてくれました。

 「人形劇」グループは「自立」をテーマとし、伊賀良三日市場分館スリーディマーケットシアター久保田さんの相手を思いやる姿勢と、カンボジアで孤児院を経営している日本人メヤス博子さんが孤児たちの自立を支える生き方を重ねて、自立とは、自分自身の考えを持ち行動できることだけでなく、人は一人で生きているのではなく、周りのことをしっかり見ることができることが自立に必要であるとまとめてくれました。

 「和菓子」グループは「幸せ」をテーマとし、おまんじゅうの一二三屋さんがお客さんとのつながりを作りたいと必ずつけてくれるおまけと、親の虐待から逃れて孤児院にいるこの笑顔の背景にはここにいれば安心という信頼関係があることを重ねて、やさしさの心をつなげていくことが幸せをつくることである、とまとめてくれました。

 高校生たちは、飯田の素敵な大人たちからの学びと、カンボジアという異なる国での学びの中から、違いや共通点を探し、さらに参加した14人の高校生一人ひとりの異なる視点を重ねることで、より社会の本質に自分の言葉で迫っています。

 ダイバーシティが深い学びを実現したという例です。

 

 ▽ 日本語教室「DST」の取組みに見るダイバーシティ

 

 飯田市公民館は1997年から日本語教室「わいわいサロン」を運営しています。飯田下伊那は満蒙開拓に日本で最も多くの人たちを送り出した歴史があり、そのことにより残留孤児・婦人や2世、3世の皆さんが多く定住されています。飯田市公民館は満蒙開拓の平和学習をきっかけとし、中国帰国者の皆さんが飯田の地で「平和」に暮らすことができるためにこの取組を始めました。現在は中国帰国者だけでなく様々な国籍の方たちが参加されています。

 昨年度は新しい試みとして「DST:デジタル・ストーリー・テリング」に取組んでいます。DSTは、学習者自身が自分の紹介したいテーマを選び、テーマに関する写真とともに自分の語りを映像にまとめる学習方法です。

 これまでの日本語学習は、支援者が用意した教材を学習者である外国籍住民の皆さんが学ぶというスタイルでしたが、DSTでは、学習者が自分の思いを伝えることを通して、作品を通して学習者自身の人生観も伝わり、ともに作品を作る支援者が、学習者である外国籍住民の生き方や考え方を学ぶ取組みです。

 今年2月に行われた発表会の中でブラジル出身の杉浦麻州男さんは「わたしのすきなこと」として趣味の旅行を紹介してくれました。杉浦さんは発表会で参加者から「一番気に入った旅先は」という質問に対し、「すべて」と答えてくれました。「旅は家を出たところから始まります。仮に目的地の天候が悪くてもそれも旅の思い出の一つ、そういう旅のすべてが私の楽しみ」だそうです。杉浦さんの人柄や人生観までもが伝わってきます。

 異なる文化や言葉を背景に生まれ育った人から語ってくれる内容には、私たちが飯田の地で当たり前に暮らしていると気が付かない、飯田や日本の良さや課題に気づく機会であったり、彼ら彼女らの生き方や考え方を学ぶ機会です。

 

 ▽ 飯田市公民館の組織と活動に見るダイバーシティ

 

  飯田市の公民館活動の一番の特徴は、専門委員会や分館活動などに、現役世代の方たちが主役となり、事業の企画や運営に関わっている点にあります。職業、年齢、性別、価値観などの異なる人たちが集い共通のテーマで話し合う公民館活動は、ダイバーシティそのものです。

 

 ▽ ダイバーシティで、まちの力を高める

 

 最初に高校生の育ちの中に、異なる文化との出会いというダイバーシティの経験を通して、社会の本質に迫る学びが実現し、そのことがかられ自身の生きる姿勢にまで影響していったことを紹介しました。

 次に日本語教室の実践の中で、学習者である外国籍住民の生きてきた文化を通して形成された価値観というダイバーシティから、支援者である日本人スタッフが学んでいることを紹介しました。

 ダイバーシティとして典型的なのは多文化や多言語ですが、広くとらえると飯田型公民館の例にあるように、年齢、性別、職業、価値観、障害の有無など異なる立場の人たちが一堂に会して一つの共通した課題に対して考える機会があると、さまざまな角度から発想された意見が交流されることで、課題解決の道筋が豊富に見えてくるということです。

 そういう意味でダイバーシティは社会を強くする大事な要素としてとらえることができます。

  ▽ ハンディを埋めて、ダイバーシティの実を上げる

 

 そういう道筋の延長に、飯田市が進めようという「田舎へ還ろう」をとらえてみるという視点が大事です。

 「田舎へ還ろう」というのは、Iターンに限らず、この飯田の地で暮らしてみようという人たちを広く求めていこうという政策です。従って外国籍市民の方たちもその対象となります。

 しかし、外国籍住民の方たちが飯田で暮らしていくうえでのハンディは、言葉の問題だけでなく、職業の選択、福祉や医療制度の利活用などの現場などに多く存在しています。

 社会を強くするダイバーシティを実現していくパートナーとして多文化多言語で生まれ育った方たちが十分な力を発揮できるためには、そういうハンディを埋めていくような備えが必要です。

 そして、ダイバーシティな状態を受け止めていく私たちの意識づくりも必要です。

 そういうハンディを埋めて、安心してこの地で暮らすことができる環境を作るためには、一方では行政の政策として、他方では市民主体の活動としての広がりが求められています。

 ▽ 人口問題から人生問題へ

 

 今年の2月19日に行われた飯田市公民館大会の講師、島根県中山間地域研究センターの藤山浩さんに「人と経済を中山間地域に取り戻そう」というテーマでお話ししていただきました。

 その時に一番印象に残ったのは、人口減少問題への対応、といったとき、これを人口という数の問題としてとらえるのではなく、人生問題としてとらえてほしい、とおっしゃっていました。

 これは田舎へ還ろうと選択し、この地を選んでこられる方たちは一人ひとりご自分の人生をかけて移住されてきているということを忘れてはならない、ということです。そしてこのことは、人生をかけて飯田後に移住された方たちに対して、私たちはそれをしっかりと受け止める責任がある、ということを忘れてはならないということです。

 制度的な備え、そして私たちがその方たちの人生を受け止める備えが、何よりも大事と考えています。

  ▽ シンポジウム「外国籍住民の暮らしを支える」

 

 「多文化共生社会と小さな世界都市を語るシンポジウム」の後半はシンポジウムです。

 コーディネータは国際交流推進協会副会長の本田守彦さんです。登壇者の皆さんの印象に残る発言を紹介します。

 ▽ 子どもたちへの日本語教育に取組む 丸山小学校教諭賜美和さん

 

 賜さんは県費加配で丸山小学校の日本語教師を務めています。丸山小学校全校555人の生徒のうち、日本語教室に関わる生徒は20人、親の国籍はブラジル、中国、フィリピンで、15人はそれぞれのクラスに在籍しながら日本語教室に通級しています。

 日本生まれ育ちの子どもたちが大半であることから、生活言語は日本語ですが、学習を深めるには不十分です。日本語の読解力がないか弱い親が大半で、保護者とのコミュニケーションが課題です。幸い飯田市では各言語の通訳サポーターを配置していることから、通訳サポーターの支援で何とかコミュニケーションをとっています。

 子どもたちの課題は語彙の少ないこと。家庭で親とのコミュニケーションは母語、インターネットでも母語の情報を得ることができることから日本語の語彙を蓄積する環境がありません。しかし母語を体系的に学ぶ機会がないために、日本語も母語もしっかりとマスターできないというダブルリミテッドの状態です。

 こういうハンデによって自分に自信が持てず、アイデンティティが確立できていません。その意味で自分がこれから目標にできるようなロールモデルも必要と感じています。

 学力が上昇しないのは、宿題を与えても親がサポートできないことも理由です。その意味で親も日本語を学びながら親子共に語彙を増やしていくために、公民館などで行う日本語教室は大切です。

 親たちの日本語力が上昇しないのは、経済的に安定せず、収入を得ることで手いっぱいということも理由です。

 上田市丸子地区の日本語学級は、地域の大人たちが常駐し、日常的に子どもたちかそこを居場所とし、楽しみながら日本語を学んでいるそうです。こういう場所が飯田にもほしいと感じています。

 日本語教育だけでなく、文化や習慣の違いで日本人との軋轢のあることがコミュニケーションの壁となっています。外国籍住民や日本人が一方的にどちらかの文化に染まるというよりは、両方の文化や習慣を認め合うという姿勢も必要です。

 ▽ ベトナム人介護士を受け入れる 社会福祉法人萱垣会施設長の萱垣充英さん

 

 シルバーハウス夢の郷で、4人のベトナム人介護士を受け入れています。日本は少子高齢人口減少社会ですが、世界的には人口爆発の状況が進んでいます。また、飯田女子短期大学では介護士を養成するコースがありますが、そこで資格を取ろうという学生が定員に充ちません。そこで日本社会に必要な仕事を外国から来た人たちにまかなってもらおうということで、2008年EPA経済連携協定)の一環として職種を特定して外国人の受け入れを進めることになりました。

 EPAプログラムでは、ベトナム、フィリピン、インドネシアから介護職の受け入れが可能です。シルバーハウスで働くベトナム人介護士の皆さんは、母国の大学を出て、看護師などの資格もあり、日本語教育も一定の水準に達しています。そして日本の介護福祉士の資格を取ることを目的に来日しています。また入国後2ヵ月間語学と日本の介護制度についての研修を終えていることから、母国でもエリートで、大変優秀であり、仕事の上では安心して任せられる存在です。

 ただし、ベトナム出身者は飯田においてもごく少数で、友達や家族など、プライベートな悩みで頼る場所がないということが課題です。

 外国籍住民が地域の中で多く住まう社会をダイバーシティとしてプラスにとらえることができるためには、小中学校時代から語学や多文化を認め合うような教育活動が必要になるのではないかと思います。

 

 ▽ 飯田市立病院で医療通訳を務める 中国出身の秦文英さん

 

 飯田市立病院の医療通訳の仕事は、外来、入院、手術前後など多岐にわたります。また医師や看護師とのコミュニケーションは患者だけでなく、家族に対しても行うことが必要です。医療行為についての正確な説明と、本人や家族に安心を与えることが医療通訳には求められています。だいたい月に200人の方たちの医療通訳をしており、できるだけ速やかに患者や家族のニーズに対応するために、毎日院内を走り回っています。また、病院は24時間体制で医療をしていますから、自宅にいても電話がかかってくることは日常です。通訳のためには常に日本語力や医療用語についての知識を蓄えていくことが必要で、日々学び続けています。

 中国出身者がなかなか日本の習慣になじんでくれず、予約して検査の日に来ないとか、医師の処方する以上の薬を求めるなど、日本人から見た時のマナー違反が目につきます。日本のマナーや、日本語力を学ぶ姿勢がもっと必要だと感じています。

 ▽ 山本地域で活動する 中国出身の半崎ひろみさん

 

 1982年に残留孤児であった母親と来日し、最初は駒ヶ根に住んでいましたがその後山本に引っ越しました。地域の方たちとのコミュニケーションを大事にし、公民館が主催する「国際ふれあい交流会」や、小学校の「花の木オープンスクール」などにも積極的に参加しています。

 仕事に就くにも日本語ができないとコミュニケーションが取れず、信頼関係も生まれません。日本語の習得や地域の諸行事を通した地域の方たちとの関わりを大事にしています。そのことによって自分の生活が豊かになっていく、そういう視点を大事にしています。

  ▽ 山本公民館主事の 久保田晋伍さん

 

 山本地区の人口4,850人のうち外国籍住民は178人、3.6%で、飯田市全体の2%よりも多くの割合の外国籍住民の皆さんが暮らしています。毎年2月に公民館が主催している「国際ふれあい交流会」はもともと地区の女性団体連絡協議会が外国籍のお嫁さんたちの悩みを聞く場として始めた事業を公民館が引き継ぎました。小学校の「花の木オープンスクール」は、地域の方たちを講師にした子どもたちの学習活動ですが、この授業の一つとして外国人住民5人が講師となった多文化交流を公民館がつないでいます。

 公民館としては、外国籍住民の皆さんを地域で受け入れる意識や覚悟を持つことができるように、できるだけ大勢の住民がこの事業に関わってくれることを願って取組んでいます。

 私自身は本日登壇していただいた半崎さんの頑張る姿から学んでいます。外国籍住民の人口増という数字ではなく、外国籍住民の一人ひとりの人生を受け止めていく、そういう地域となるように公民館も取り組んでいきたいと考えています。

 

〇 ダイバーシティデ豊かな地域づくりを

 

 外国籍住民が日本や飯田後で幸せに暮らすためには、言葉の問題に限らず、さまざまな課題があります。けれども多文化という多様性がこの地域を豊かにしていくという社会像を描き、そういう社会づくりに向けた課題を克服していく、という視点が大事であると考えています。

第41回信州発ボランティア・地域活動フォーラムに参加しました 2017年10月28日

 10月28日(土)千曲市上山田文化会館で行われた「第41回信州発ボランティア・地域活動フォーラム」に参加しました。

 

 

〇 第41回信州発ボランティア・地域活動フォーラム

 

 

 「信州発ボランティア・地域活動フォーラム」の主催は、長野県社会福祉協議会を中心とした実行委員会です。県内各地で福祉に関わるボランティア活動家、地域づくりグループなど300人が参加。中学生、高校生、大学生など若者の姿もありました。長野市松代からは、中学生が自主的に作ったボランティアグループも参加。多彩な顔ぶれです。

 公民館などの社会教育機関の主催する事業とは、参加の顔ぶれは全く違いますが、取り組みのねらいや内容などは社会教育活動と重なっていることから、取り組みの内容と、参加者とのつながりを期待して参加しました。

 

〇 ワークショップ方式の全体会

 

 午前中は尚絅学園大学の松田道雄さんがファシリテーターとなり、集まった300人によるワークショップが行われました。

 受付で参加者全員に配られた厚手の紙とマジックペンに、参加者一人ひとりが現在の活動の中で悩んでいることを一言書き表し、その紙をもってホールの中で、共通の悩みを持つ人同士が数人ずつ集まり、共通テーマで話し合うという方式です。

 私は「高校生や若者の力を引き出したい」というパネルを作成したところ、「自分たちのボランティアグループに若者を引き込みたい」「若者たちの定住を進めたい」という思いを持つ方や、現役の大学生や高校生が集うグループとなりました。

 話し合いの中で次のようなまとめとなりました。「まずは大人たちが引っ張るのではなく、若者たちが主役となる場を大事にすること」「その子が必要とされる場とすること」「大人たちは若者たちに背中を見せることができるような、自分磨きを頑張ること」

 300人の参加者は、ボランタリーな立場で自分の居場所のある方たちばかりであることから、話し出したらきりがないくらい、どなたも思いのつまった方たちでした。

 本当にエネルギーのあふれる集会です。

 

〇 お楽しみ活動縁日

 

 お昼は参加団体か販売している食べ物屋台で自由に選び、参加者同士が交流しながらの食事会です。活動の様子を交流しながら食事を楽しむ時間でした。

 昼の後半は参加団体によるパフォーマンス。歌や太鼓踊り体操など、多彩でにきやかな出し物が満載です。

 

〇 分科会 若者❌地域 「私たちの活動が、地域の未来をつくっている」

 

 午後は若者テーマの分科会に参加しました。

 発表者は長野西高校の中村陽奈子さんと高山村の黒岩清道さんです。

 

〇 何が大切で何が幸せか考え続けていきたい~高校2年の中村陽奈子さん

 

 ▽ アイデンティティ

 

 中村さんは現在高校3年生。一年の時に小布施で行われたHLABに参加したことが彼女のスイッチだそうです。HLABは外国からの留学生も含めた若者たちが1週間、小布施を拠点に小布施のことや社会のことを学ぶ企画です。

 彼女はそこで目的意識をもって学び活動する人たちと出会いました。そういう外から人たちとの交流が鏡となって、ふるさと小布施を見つめ直すことでふるさとへの愛着が一層増したそうです。

 この事がきっかけで「高校生小布施ツアー」を発案しました。

 ▽ 自分の気持ちをまとめる場

 

 中村さんは誘われて諏訪市で行われている「長野県高校生プレゼンテーション大会」でツアーの企画を提案しました。このことがきっかけとなり、ツアーを実際に実行し県内から20人の高校生が参加してくれたそうです。

 こういう自分の思いを発表する機会があることで、自分の経験や考えたことを振り返ることができ、そこで自分の思いを受け止めてくれる仲間がいることが大事であると感じたそうです。

 ▽ ロールモデルの存在

 

 中村さんにとってもうひとつ大事なことは、お手本にしたい生き方をしているロールモデルの存在です。中村さんは若者たちの政治参加の取組を進める「アオトーンナガノ」の波多腰遥さんを紹介してくれました。

 ▽ 自分で仕事と居場所を作る

 

 本気でふるさとに戻ろうと考えれば、就職先があるかどうかというよりは、自分で仕事も作ってしまうと話してくれました。

 ▽ 何が大切か、何が幸せか、考え続けていきたい

 

 中村さんにこれから何を学びたいか質問したところ、「何が大切か、何が幸せかを考え続けていきたい」と答えてくれました。

 

〇 PTAが学校と地域をつなぐ

 

 もうひとつの事例は高山村の「わくわく村」。子どもたちの体験活動を作るグループです。村長の黒岩清道さんは14代目、歴代のPTA会長が務めています。

 学校と地域をPTAがつなぐという試みは県内でもあまり例はなく、大変ビックリしました。

 それからわくわく村を卒業した藤原奈津美さんが発表してくれました。彼女は24才、役場に勤めながら「名もない空き家」を運営されているそうです。

 地域で育った若者が、こういう形で育つ姿を知ることができたことも収穫でした。

 

〇 これぞ学びの県

 

 皆が楽しみながら日頃の活動を交流し、新しい仲間とつながりながら、活動のヒントや自分たちの引き出しを増やしていく。

 長野県は来年度スターとする総合計画のエンジンを「学びの県」と「自治力」としていますが、まさにその言葉が当てはまる場でした。

東信地区学者融合フォーラムに参加しました 2017年10月26日

 10月26日(木)佐久市佐久平交流センターで学社融合フォーラムが開催されました。

 今年で6年目を迎えるこの会は、教育事務所のほか、東信地区の市町村教育委員会、社会教育委員会議、公民館運営審議会、市長中学校教員、PTA、幼稚園や保育園など、200人を超える多様な参加者でにぎわいました。

 

〇 シンポジウム「私たちの子どもたち 子どもたちの未来」

 

 フォーラム前半は、「私たちの子どもたち 子どもたちの未来」をテーマに、長野大学の早坂淳さんと、上田市教育委員会の伴美佐子さんによる対談が行われました。

 ▽ 子どもたちが真ん中

 

 冒頭でお二人の一番好きな言葉を紹介していただきました。伴さんは「子どもたちが真ん中」。学校ボランティアの皆さんにありがちな姿として、活動が自己満足になりがちですが、そうではなく、「子どもたちが真ん中」で大人たちがいる、そういう姿勢を大事にしたいという意味です。

 ▽ どの子もわが子

 

 早坂さんは、上田市塩田小学校を訪れた時、コミュニティスクールの標語として紹介されていた「どの子もわが子」という言葉が心に残っているそうです。

  ▽ 学校協働活動で学校が変わる

 

 これまでは「学校支援」という言葉が使われてきましたが、今年3月の社会教育法の改正で、5条の社会教育事業の一つに「学校地域協働活動」が加えられました。学校支援はあくまで学校が主体で、地域の方たちは支え手という関係です。これに対して学校地域協働活動は、学校も地域も、子どもたちがよりよく育つために共に主体となるというという関係です。

 そしてそういう取組みの中心に社会教育が据えられています。このためには地域も学校も変わっていくことが求められます。

  ▽ 「教習所型」と「共同体型」学校の2つの姿

 

 1872年学制が発布され、それまでは各地域で実践されていた「村人を育てる」寺子屋などに代わり、「国民を育てる」ための義務教育制度が誕生しました。

 世界の公教育には大きく分けて「教習所型」と「共同体型」という2つのスタイルがあります。

 ドイツでは学校は午前中だけでその内容も学力をつけるための学習内容に限定され、給食もなく、午後は、地域に多様に設けられている、子どもたちの興味関心に応じてスポーツクラブに参加したり、手仕事を学ぶ職人学校などの中から自身の希望する活動に参加します。

 ヨーロッパから留学した学生が日本の学校を訪問して「運動会」「修学旅行」「部活動」などの存在がなぜあるのか不思議に思うそうですが、それは「1 教習所型」として学力を獲得するという特定の目的のために学校があるというドイツなどヨーロッパにある学校の姿と対極にある、「共同体型」であることに起因しているそうです。

 「教習所型」は日本、韓国、中国など東アジアに特徴的な学校の姿だそうです。

  ▽ いじめの背景

 

 ヨーロッパからの留学生にとって、「いじめ」という言葉をなかなか理解できないそうです。

 早坂さんは、「いじめ」は、「自らが選んだわけでない組織の中に、中長期的に身を置く中で行き詰った人間関係の中で発生しうる」というメカニズムがあるといいます。

 たとえばドイツの場合であれば、午前中の人間関係で行き詰っても、午後の自分の意志で参加する諸活動が逃げ場になっており、ヨーロッパの学生にとっては行き詰った人間関係から「逃げてしまえばよい」という発想が生まれるそうです。こういう逃げ場を日本のような共同体型の学校でつくることは難しいのではないでしょうか。

 ▽ 社会の変化~少子高齢人口減少

 

 上田市で一番高齢化の進んでいる地域は65歳以上の高齢者の割合が61.2%、これに対してこの1年で減少した子どもの数は226人、中規模の学校1校分の子どもが減少しています。日本はいまだかつてない少子高齢人口減少社会の中にあります。

  ▽ SOCIETY5

 

 これは人類の発展段階を表す概念です。

 SOCIETY1は、人類が誕生したといわれる300万年前から始まる狩猟採集社会です。

 SOCIETY2は、1万年前、自分たちで食料を育てる文化農耕社会の誕生です。

 SOCIETY3は、250年前、イギリスから発生した産業社会、蒸気機関車の誕生などで、人々の行動範囲が飛躍的に広がりました。

 SOCIETY4は、22年前、インターネットが普及しはじめた情報社会、このことにより地球の裏側にいる人とも瞬時につながり、あわせて情報を受けるだけでなく自らが発信できるようになりました。

 SOCIETY5は、現在おこりつつある、AIの登場。これまで人の仕事とされていたうちの49%はAIにとって代わられるであろうといわれます。

 SOCITY5の時代は、従前のような学校教育だけでは、子どもたちが社会の中で生きるために必要な力を育てることができません。

 そういう子どもたちを育てるためにまず変わらなければならないのは私たち大人自身です。

 ▽ 今までの子ども→これからの子ども「多様な人々と協働し、新しい価値を生み出すことができる力」

 

 今までの子どもは、与えられる課題に取組む受け身の姿勢でした。この時大人たちはあらかじめ答えを知っており、大人たちが子どもたちに答えを導いていくことができます。

 これからの子どもたちには、社会の変化に対して、主体的に向き合い、自分で答えを見つけていく力が求められます。この時大人たちには答えは用意できませんから、むしろ子どもたちの主体的な活動をフォローしていく姿勢が必要となります。

 ▽ これまでの学校→これからの学校

 

 これまでの学校は、答えの決まった問題を効率的に解く練習を積む場でした。

 これからの学校は、こういう基礎的な学力の養成に加えて、子どもたちに答えのない問題に向き合わせていくことが必要となります。

 また、これまでの学校は、すでにある文化を伝承し、再生産する場でした。

 しかしこれからの学校は、このことに加えて、新しい価値を創造する場となることが必要となります。

 ▽ AIではできない人と人との協働力を育むこと

 

 AIはすべてをAI自身で解決するわけですから逆に、他者と力を合わせて解決するという力はありません。これが私たち人間がAIを超えることのできる一番の力です。

 そう考えると、学校、子ども、地域、保護者たちのつながり、住民同士のつながり、行政とのつながりなど、多様な人や組織それぞれが当事者・主体者となり、力を合わせて子どもたちの育ちに向かっていくことができるように、あらゆるものが変わっていくことが必要です。

 ▽ 地域が関わり子どもが変わる

 

 伴さんが塩田小学校のコーディネーターであったころの例を紹介してくれました。

やんちゃな子どもが学校ボランティアに参加してくれていたおばちゃんの原付バイクを倒して傷つけてしまいました。先生は子どもに謝らせようとしましたが、子どもはふてくされていました。

 そのときおばちゃんは、バイクを倒してしまったその子に「けがはなかったかい」と声をかけました。その子は悪いことをしたという自覚はあったのでしょう。怒られるとばかり思っていたその子にとって、自分の体のことを心配してくれたおばちゃんに対して涙を流して「ゴメンナサイ」と本心から謝ってくれました。

 こういう地域の方たちと子どもたちの関わりが広がっていくことで、子どもたちはよく育つのではないかと思います。

 ▽ 地域に根付く地域と学校が連携した取組み

 

 後半は「佐久市野沢小学校コミュニティスクールの取組み」「小諸市で学校・地域・家庭が一体となって取り組むスクールズマーケット」「東御市立北御牧保育園の子どもの体力向上の取組み」「上田市城南公民館の子どもをネットトラブルから守る取組み」「下諏訪町のコミュニティスクールの取組み」をテーマとした5つの分科会に分かれて研究協議が進められました。

 私は佐久市の取組みの分科会に参加しましたが、6人ごとに分かれたグループには、小中学校の先生や、コミュニティスクール運営委員、社会教育委員などで、多彩な参加者でこのフォーラムが開催されたことに、地域と学校の連携や、コミュニティスクールが次第に地域の中に根付いている様子を実感する機会でした。